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CLUB PHILOSOPHY

バスク人だけで戦う方針を、ロマン抜きで解剖する

2026年8月13日カテゴリ:クラブの方針

「地元の選手だけで戦う美しい伝統」。ビルバオの紹介はたいていそこで終わります。私はその手前で止まるのがもったいないと考えています。この方針は感情の産物であると同時に、法律・経営・組織統治の3つが噛み合って初めて128年もつ仕組みでもあります。ロマンをいったん外して、装置として分解します。

線は血ではなく、地図と育成で引かれている

誤解されやすい点から確認します。クラブが見ているのは血統ではありません。入口は2つあり、どちらか片方を満たせば資格が生まれます。ひとつはスペイン側4地域(ビスカヤ、ギプスコア、アラバ、ナバラ)とフランス側3地域(ラプルディ、スベロア、低ナバラ)で生まれたこと。もうひとつは、バスク圏のクラブで育成を受けたことです。1912年以来の慣行で、クラブ規約に明記された条文ではなく、スタッフには適用されません。

入口A:出生地 バスク7地域で生まれた 入口B:育成歴 バスク圏のクラブで育った プレー資格あり 国籍・人種・親の出身は問わない
資格の判断は「どこで生まれたか」「どこで育ったか」の2軸。血統主義ではありません。

この設計だからこそ、ガーナ人の父とリベリア人の母のもとビルバオで生まれたイニャキ・ウィリアムズも、フランス側の出身であるラポルテも、なんの矛盾もなくライオンになれます。1910年代の発想のまま血統で線を引いていたら、移民が増えた現代のバスク社会でこの方針はとっくに破綻していたはずです。条文を変えずに運用の解釈で環境変化を吸収してきた点が、この方針の一番したたかなところだと私は考えています。

なぜ違法にならないのか

採用の場面で出身地を条件にする。労働法の常識で言えば危ういはずです。実際、欧州人権条約の第12議定書(差別の禁止)を根拠に争う余地はあると論じた法律家もいます。それでも100年以上、この方針が法廷で覆されたことはありません。

理由は方針の性質にあると考えています。1995年のボスマン判決が壊したのは、リーグや協会が選手に課していた外国人枠と移籍の縛りでした。あれは「上から課された制限」です。対してビルバオのそれは、誰にも強制していない自己拘束です。他クラブは自由にバスク人を獲れますし、バスク人選手も自由に他クラブへ行けます。損をしているのは自分たちだけ。この構造だと、そもそも訴える動機を持つ当事者が生まれにくい。加えて「入口B」の存在が、線引きを人種や民族ではなく地理と育成の問題に翻訳しています。争いが起きない仕組みが、方針そのものに埋め込まれています。

制約が強制する3つの規律

選手を買えない不利ばかりが語られますが、この縛りは同時に3つの規律を強制します。私はここが128年続いた実質的な理由だと考えています。

選手を買えない 分母は約300万人 支出の規律 高騰した移籍金競争から降りられる 育成への強制投資 レサマが唯一の供給源になる 地域からの支持 満員のスタジアムと安定収入 身の丈で回る経営 2025-26は黒字見込み
買えないという不利が、支出規律・育成投資・地域支持を同時に生む構造。

数字で見ても健全です。2025年10月の総会で承認された2025-26の予算は1億8590万ユーロ、1000万ユーロの黒字見込みで、承認したのは代議員の8割でした。オーナーの資金注入で赤字を埋める強豪が珍しくない中、ビルバオは制約のおかげで身の丈を超えられません。買えないから使えない。使えないから壊れない。

方針を守っているのは規約ではなく選挙

この方針が誰の手にあるのかも押さえておきたいところです。ビルバオは会員(ソシオ)が所有するクラブで、4年に一度、会長と理事会を会員の投票で選びます。2026年の選挙ではウリアルテ会長の対立候補が現れず、4月18日に無投票で再任されました。

買収したオーナーが方針転換を宣言する、という展開が構造上あり得ません。方針を変えたい人間は会長選に勝つところから始める必要があり、会員の76%が「方針を緩めるくらいなら降格したほうがまし」と答えた調査もあるような有権者を説得しなければならない。法学の言葉を借りれば、改正に高いハードルを課した硬性憲法に近い状態です。規約に書かれていない不文律が100年以上びくともしないのは、書かれていないからではなく、変えるための手続きが実質的に閉じているからだと考えています。

隣に自然実験がある

この方針が正しかったのかを検証する材料は、実は20km先にあります。同じバスク圏のレアル・ソシエダは1989年にジョン・オルドリッジを獲得して方針を緩めました。同じ条件から出発して、片方だけが規制緩和した状態です。

その後の答えは、どちらの側にも都合が悪いものでした。ソシエダは緩和後にリーグ優勝へ届いていません。一方のビルバオも80年代の連覇以降はタイトルから遠く、2023-24のコパ制覇まで40年待ちました。緩和しても勝てず、守っても勝てなかった。この結果から言えるのは、方針の是非は勝敗では決着しないということです。だとすれば、残る評価軸は「何のためにクラブがあるのか」という一点だけになります。ビルバオの会員が降格のリスクを飲んででも方針を選ぶのは、勝率の計算をしていないからです。

唯一の弱点と、テルジッチの仕事

装置として見たときの弱点もはっきりしています。補強で失敗を修正できないことです。前線が不振でもストライカーを買えない。主力が離脱しても市場で埋められない。2025-26に勝点を28落として12位に沈んだのは、この脆さがそのまま表に出た結果でした。

可変項は監督だけです。同じ顔ぶれからどれだけ引き出せるか、育成組織の若手をどれだけ早く戦力にできるか。2026年夏にクラブが、若手を大胆に使うテルジッチを選んだのは、この構造を踏まえた選択だと私は考えています。バスク人だけで戦うという縛りは、監督の仕事の中身まで決めてしまう。ここまで分解して初めて、今季の新体制が何を試されているのかがはっきりします。

参考・出典